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アメリカで年間トップに輝いたアルバムの歴史は面白い。
60年代中までは、映画音楽やイージーリスニング、ジャズのアルバムが年間のトップを占めていた。
ポップ・ロックアルバムとしては、モンキーズの「More Of The Monkees」('67)が最初となる。それ以降はロックアルバムが当然のように顔を出すのであった。
ちなみに、ビートルズやローリングストーンズ、レッド・ツェッペリンのような英国でトップ常連となったアーティストは全米アルバムチャートのトップにはなっていない。
さらには、'77に相当売れたイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」や'80年代に旋風を巻き起こしたマドンナの「ライク・ア・バージン」も年間トップにはなっていない。
そう考えると、アメリカ人受けするアルバムは、映画、ジャズ、ポップ、ダンスなどの流行の波の中で年齢層に拘らないアルバムであることに加え、流行の連れてきたライバルの有無もキーとなっているようだ。例えば、’83のマイケル・ジャクソンの「スリラー」は他の時代的にかなり売れたアルバムを簡単に蹴散らした。「スリラー」は’83、’84の2年連続でトップとなったとんでもないモンスターアルバムであるが、2年連続アルバムとしては過去2回存在しているのも驚きだ(’57、’58のマイ・フェア・レディ(ブロードウェイ版)と’62、’63の「ウェスト・サイド・ストーリー」サントラ)。
昨年、全米でアルバム年間トップとなったアデルの「21」。実は英国人としては、’97のスパイス・ガールズ「スパイス」以来の14年ぶりであったそうな。過去英国人としては、’68のジミ・ヘンドリックス、’74~’77のエルトン・ジョン、ピーター・フランプトン、フリートウッド・マックがピークだったのだが、これは英国サウンドを受け入れたという時代(’60年代)を隔て、アメリカナイズされた英国サウンドの完成型というスタイルが主流ともいえる時代だった。
その後、ディスコ、パンク、テクノ、ユーロ、そしてビジュアル化メディアへのアプローチとして注目されるのが’80前半。映画にもなったピンク・フロイドの「ザ・ウォール」はビジュアル志向のコンサートとして歴史に残る。’82の「エイジア」は英国の元プログレロックバンドのメンバーとして異例ともいえるトップを獲得。シンセサイザーのデジタルパラメータ化などサウンドアプローチも売り上げを後押しした感あり。
’90年代になるとほとんどがジャネット・ジャクソンやバックストリート・ボーイズなどの自国アメリカのアーティストがトップを占める中で、ヒット映画のサウンドトラックも売れた。’93「ボディガード」、’94「ライオン・キング」、’98「タイタニック」、いずれもトップに輝いた。
2000年代ではストリート系など新しい分野への傾向が強くなる。リンキン・パーク、50セント、アッシャー、マライヤ・キャリー、テイラー・スウィフトなど。特にエミネムは’02と’10の年代を飛び越してトップをとっており、これは凄いことである。
やはりなのか、アメリカで年間トップとなるアルバムは英語圏の国であるが、アメリカ、英国以外にもカナダがランクインされている。そういえばニール・ヤングの「ハーベスト」’72は名盤だ。
そういえば、若者に人気のマイリー・サイラスの父親ビリー・レイ・サイラスの「サム・ゲイブ・オール」も’92の年間トップアルバムを獲得している。
この傾向とグラミー賞のアルバム・オブ・ジ・イヤー賞を見比べてみるのも面白いかも。ちなみにアデル「21」はもちろんダブル受賞である。