2009年2月28日土曜日

Movie: Slumdog Millionaire (2008)


Jamal did not compromise. There was a built world in his heart.

 Jamal(Dev Patel)の一貫して深刻めいた表情に、世界中で有名になったテレビショウ番組とは裏腹の貧富差と夫々の人生感が染み出てくるようだ。舞台はインドのムンバイ。インドビジネスを支える国際都市である。しかし映画では、世界的な都市とは思えない場面も映す。例えばはインドでの宗教問題は日本や欧米を遥かに越えたものがある。そう、この映画で受け止めなければならないのは映画「Rocky」のようなチャンスがあれば貧しくても夢と可能性に挑めるというポジティヴな部分ではなく、スラム街で貧困の中生きる人々の世界がある一方で、知識があれば容易に大金だって手に出来る世界もあるという区別された部分なのだ。スラムの生活は想像を絶する。密集度も尋常ではない。凄い数のトタン屋根はその象徴。リオ・デ・ジャネイロのファベーラ以上にインパクトがあった。

 JamalとSalimは先に書いたような区別された世界で成長する。善とか悪とか言う観念を道具に変えるが如く。少年期の思い出と重なりながらJamalは運命であるかのようにクイズ番組"Who Wants To Be A Millionaire?"の回答者の席にいた。そして彼の足跡がこの番組に出ることを運命だとするかのような問題が出題される。彼が正解を重ねる度に周囲のムードが変化。こうなると区別した部分を守ろうとする側は必死だ。印象的なムンバイの風景。ここでは少年の心に傷も与えたが、支えもくれたのだ。インドや中国はいまや世界から注目される発展途上国であるからこそ、こういうテーマは多くの関係者の視点を変えていくことだろう。

 ところでこの映画で使われた番組"Who Wants To Be A Millionaire?"は2000年頃にはアメリカで大人気番組だったことを覚えている。Regis Philbinの独特な司会と「Final Answer?」という文句は誰もが真似たはず。映画の中ではライフラインでJamalが突然、電話に頼る場面がある。なるほど相手が出ないと大変だ。日本版などでは事前に電話の相手は準備しておいてもらうよう配慮するのだろうが。まぁここは映画だけの話かもしれない。

2009年2月26日木曜日

Music: File Under Purple (2007)


Peter Fuglsang Quartet ・ File Under Purple

 日本中が昭和という時代を平和だと思うようになった頃、何処と無く夜の似合う街ではその時代に似合ったジャズが流れていた。電気的に増幅された音を否定するかのように、原音の衝突のスリルを味わうようなジャズ。登場する主役はテナーサックスとかクラリネット。上辺は「ムーディー」だが、実は下品な音の感触に悪戯に酔ったりしたものだ。

 そんな時代を思い出すのが、今回聴いたPeter Fuglsang Quartetのアルバム。「Cherokee」はまさに「青空」を思い出させる時代の感触があったし、続くタイトル曲「File Under Purple」では悪戯に酔う部分が再現されているのだ。これ、一人で聴くにはもったいない。誰かと聴く故の楽しさがありそうだ。3~4曲目になれば、誘い込まれそうなムードだった時間を過ぎ、一人のリスナーとして座席に着く自分がいる。油断すれば惰性で聴いてしまいそうになるが、そこは「Monk's Mood」のセレステなどが良いアクセントとなるのだ。それにしてもバスクラの魅力は計り知れない。今まで真剣に耳にしていなかったのが不思議なほどだ。


2009年2月23日月曜日

Movie: Changeling (2008)


The performance of Angelina Jolie was most impressive in latest decade movies even if she missed an Oscar trophy.

 まずは注目なのがChristine Collins役のAngelina Jolieの演技。この映画が映し出す5~6年の間は世界恐慌、移民問題、差別や組織的な癒着などがもたらすロス市民の反体制的意識の下、人々が素直な笑顔を表現できない空気として伝わる。Angelinaが素晴らしく思えたのは、エピソード毎に見せる表現が理屈に適うくらいにリンクしている点である。それを印象付ける意味で唇は彼女の強力な武器だ。この映画、もともとはClint Eastwood監督と組んだことがあるHilary Swankが配役されるはずだったそうだが、Angelinaはその時代の顔だちとなりえる上、演技をする唇を含めて他よりも群を抜いていると思う。

 真実の物語。この映画は観客の心をしっかりと掴む。今年のアカデミー賞候補でリストされた幾つかの作品よりも好きかもしれない。映画の展開は決してあるべき姿ではないのだが、それが理想の形であるかのような雰囲気にさせる。もうこれはClint Eastwoodの技だ。物語の展開をややこしくする成りすまし少年が登場する場面でも、煩わしく感じさせつつ、これが映画の中でもかなりの効果となっている。加えてChristine Collinsが病院で医師から反論できない誘導尋問にあうところ辺りは脚本の上手さなのだろう。

 全般的に当時の人々が映画への愛着があるカットが織り込まれている点も要チェック。終盤、アカデミー賞発表の実況がラジオから流れ、「It Happened One Night」が「Cleopatra」を打ち負かすエピソードがあるが、これ、この映画の展開そのものに引っ掛けているところは上手い。

 しかし、当時のアメリカは、今でこそ「人権問題」などで槍玉にあがっているアジアや中東の某国家と同じくらいの偏った組織構造があったようだ。終戦直後の話だった「The Godfather」と併せて考えると、朧気でも線上で繋がる。

2009年2月19日木曜日

Movie: Alatriste (2006)


If this movie included more impressive scenes, it would be to have become another.


 はっきり言えば、Viggo Mortensenの映画のフォロワーであるとか、スペイン史若しくは史劇に興味があるとか、特別な目線を持っていない限り、そんなに楽しめない。 鑑賞する場面場面は、確かに時代を印象付けるものではある。八十年戦争のフランドル地方での戦いに始まり、英国人暗殺事件、ベラスケスの絵画まで登場させたブレダの戦闘など、宗教戦争の特徴も織り交ぜて、Alatristeの足跡がよくわかるようになっているのだが、その過程で登場する人を斬る場面などが全編無機質に思えるため、何か場面を無難にこなしているという感じ。恩と仇を象徴する場面もあるにはあるが、やはりインパクトが無かった。不思議なこの空気。もし17世紀のスペインが「そんな時代だった」と割り切るのであれば、わざとらしさのある絵画を意識したようなコントラストと構図が意味を成さないのでは。

 2時間半近くに及んだこの作品。結局は陰の印象を引き摺るのみで、これといった印象的な場面を特定することができないで終わった感がある。 スペインと言えばPedro AlmodóvarやAlejandro Amenábarを出すまでも無く、多大な期待が持てる映画を提供する国であるのだが、今回は残念だったと言いたい。

 自分なりに興味があったのはパイクを持つ兵士とこれによる陣形。「gradiator」「300」「Red Cliff」とはまた一味違う場面だった。 

2009年2月18日水曜日

Movie: Shonen merikensakku (2008)


Hey hey, my my, Punk Rock can never die. This is so kewl Punk Movie.
You should watch this after 「Detroit Metal City」.


 Aoi Miyazakiはどんな映画に出ても魅力がある。役者全般がオーバーアクションになり勝ちなこの手の映画だが、Aoiはかなり嵌った演技を見せている。つまりAoi以外の個性的キャラクターに注意を分散させ、Aoi本人は実は緩衝材的な役割を果たしていたのである。もっとも注意を引かせるのが、映画「Za Majikku Awa」を思い出させるようなKoichi Satoの演技だろう。若僧に舐められたくない気持ちで突っ張るが、50歳なりの制御も利かせているところは、時代のギャップとともに空しくも共感を得る。

 設定として面白いのが、80年代のパンク映像を「斬新」と思い込み、今風の乗りでアプローチするところ。言い換えれば古き良き音楽へのリスペクトと、近年の軽さが融合した映画となっているので、その噛み合わない部分に笑いが垣間見れるが、そういったコメディ性だけでなく、最終的に「音楽は視覚ではない」と説得する纏め方はよいと思う。

 もっとこの映画を楽しむために「NO FUTURE~A SEX PISTOLS MOVIE」も併せて見ておけばよいだろう。それにしてAtuso NakamuraのLed Zeppelinの再結成とかの引用の場面はかなり「無理」を感じた。木枯らし紋次郎もZepが好きだったのか?。

2009年2月15日日曜日

Movie: Vicky Cristina Barcelona (2008)


Adventure itself drops for daily life when we continue having an adventure against daily life.


 ミュージカル/コメディ部門で本年度のゴールデングローブ賞を獲得した作品。しかしこの豪華な面々はどうだ。バルセロナを舞台にRebecca Hall、Scarlett Johansson、Javier Bardem、Penélope Cruzそれぞれが芸術の町バルセロナの風のようなサラリとした接点で、物語は奇妙な方向へ進展する。Woody Allenのタッチは健在。時間の度に変わる中心人物。Allenは場面場面を巧みに切り替えつつも役者の灰汁を残さず、中継のカメラを切り替えるかのように潔く繋げている。特にバックに流れるスパニッシュ・ミュージックと、ディスカバリー・チャンネルのようなナレーションは面白い。

 Javier Bardemはオイシイ役柄だ。見知らぬ人に「観光とワインとセックスで楽しまないか?」などと簡単に声を掛けられれば、人生は楽しそうだ。映画の裏側にはこんな現実とはかけ離れたような構造がある。よっていずれは現実を再認識する時期がくるのもわかっているだろ?といった設定なのだ。

 注目は、興奮するとスペイン語で主張するPenélope Cruz演じるMaria Elena。「No Country for Old Men」で強烈な印象を与えたJavier Bardemのお株を奪うような雰囲気を作り出している。そでもWoody Allenは場面を致命的な状況へ陥れない。たとえ拳銃が登場しても深刻に見えない。結局「Vicky Cristina Barcelona」というタイトルとバルセロナの美しいシーンが象徴する形で幕を下ろした。これはこれでスタイリッシュだと思う。

 この映画と関連して、深刻な場面を含みながら温かさを浮き彫りにする映画、例えばPedro Almodóvarの「Volver」やWoody Allen「Scoop」などを思い出した。ヴァーチャル表現やバイオレンス表現にリアル度のウエイトが置かれている昨今で、こういった技法を使った映画にもっとスポットライトが当たることを望む。邦題は、「それでも恋するバルセロナ」。

2009年2月9日月曜日

Movie: The Curious Case of Benjamin Button (2008)


Makeup of Cate Blanchett and Brad Pitt is a miracle.


 2時間をはるかに越える映画を見るとき、その内容によっては途中で時計を見たくなるときがある。2時間半の映画が3時間にも思えるときもある。最近はそんな映画が多かった。しかし今回は、(時間がエレメントの内容にもかかわらず)時間を感じさせず、逆に時間を忘れさせてくれるものであった。

 評価できるのは、人が老いて死んでいくという当然ともいえる自然界の流れに、敢えて逆らうような人物を登場させ、その人に関わった人物の生き様をくっきりと見せている点。「Forrest Gump」を彷彿させる人の存在の意義をEric Rothの脚本とDavid Fincherの演出によって巧妙にスクリーンに映し出している。1900年代の激動の時代を痛感させるような歴史的な出来事の幾つかをストーリーに関連させているところも巧い方法だと思うし、黄昏を美しく見せる海の風景も効果的によく考えられている。

 この映画、最後の最後まで奇妙さが残る。歴史的な被害を及ぼしたニューオーリンズのハリケーンの直撃をまさに受けようとしている病院で、老いたDaisyが娘に日記を読んでもらいつつも、その日記の持ち主だったBenjaminを回想していく、そんな映画の流れなのだが、奇妙なのは、それぞれが関係が混乱とともに途絶えるラスト。そこには次の世代との関係話を一切拒絶するかのごとく何も残していない。これほど「何も残さない」ラストは珍しい。しかしそれは悲しさとは異なり、存在したことの価値感を頭に焼き付ける部分にウエイトを与える良い意味の余韻を残した。

2009年2月8日日曜日

Movie: Bolt (2008)


Is there a base in your footing?


 全米でダントツの地位を占めるアイドル、Miley Cyrusが声優として登場。今やディズニーの看板娘ともなったMiley Cyrus。これからは「Hannah Montana: The Movie」を含め劇場へのアプローチも期待される。
 ところでMileyの今回の声の担当はBoltの飼い主Penny。その一方でBoltの声がJohn Travoltaというのだから、これは面白い構図といえよう。

 Boltの話は「Cars」などと同様に己の存在を見直すような、いわば「よくある設定」ではあるが、社会の変化の中に蔓延る虚飾との対峙も含みを持っているところはポイントかもしれない。ルックスが良ければ幾らでも「踊り子」に金を注ぎ込む社会構造を反映しているかのように、売れっ子になったハリウッド犬が大規模なアド看板などに囲まれて現実を見失う。擬人法と言わずとも、これはそういう目で見させてくれる映画なのだ。この話には、かつてのディズニーの名作「The Incredible Journey」のようなエッセンスも含まれているので、純粋な見方をすればBoltを応援する気持ちになれるかも。

2009年2月7日土曜日

Movie: High School Musical 3: Senior Year(2008)


Why movie? Why not on CATV?


 最早Sharpayのトレードマークともなった「toodle(s)!」しかし今回はTiaraというロンドン娘にお株を奪われる。シリーズとなってすでに3年が経過したこのシリーズ。今回は第二作でわき道に反れた部分を大幅にカヴァーし、最初に立ち返った物語となった。

 往年のファンは、「The Sound Of Music」のSixteen Going On Seventeenや、「Saturday Night Fever」のワンシーンを思い出すことだろう。この映画は第一作目の雰囲気を蘇らせつつ、過去の名作の美味しい部分を拝借して飾りのあるドラマへ転進させている。ただ、あまりみの飾りすぎていることに嫌気がさす人も出てくるかもしれない。

 中盤まではあまりタイトではない。このシリーズ3作にはいずれもトロイがぶつかる「壁」の部分があり、第一作では恋人との関係で、第二作ではチームワークで、そして今回は進路での壁にぶつかる。しかし、なんだか装飾が目立つ脚本の裏でタイトでないエピソードは宙に浮いてしまっている感じだ。だが後半のテンポは気持ちがいいし、纏め具合も上々。

 ところで、これ劇場用映画にする必要があったのか?。とにかく映像が(華やかな割りに)美しくない。正直、ケーブルテレビでも十分だと思う。劇場の魅力を出すなら、もっと絵に拘って欲しかったと思う。この辺、できるならKenny Ortegaの意見を教えて欲しいものだ。

2009年2月5日木曜日

Movie: Defiance (2008)


Currently, The brothers who can fight each other are happy.


 「Tuviaどうするの?」。森を抜けた先の沼地を目にして躊躇するTuvia。そこを若いAsaelが先導する。モーセが海を割り民を導くかのように。この映画では重要な意味を持つ場面だ。

 Edward Zwickの演出は、いつもながら人間関係の絡みと相成る情景変化が味わいに繋がる。彼のかつての名作「Glory」の基調を踏襲してきたとも言える。今回の作品「Defiance」は例えば「Schindler's List」とは異なる側を描いたパルチザンとしてのユダヤ人救出劇であるが、物語を面白くしているのが3人の兄弟Tuvia、Zus、Asaelの距離感だ。つまり序盤からしばらくの展開はかなり地味でありながら兄弟の成り行きをお膳立てしている点は興味深い。本当なら細部に拘れば疑問な部分もあるのだが、知らず知らずと三兄弟の存在がそこに入り込むことを抑止している。突っ込みたくなる部分はどこかに消えた。

 Bielski兄弟の物語を知ったのは今回が初めて。2003年のPeter Duffyの小説によって知る人も増えてきたようだ。この映画は、歴史上の勇気ある実話を伝える意味で重要な役割を持ったと言えよう。
 Daniel Craigと言えば、先日「Quantum of Solace」を観たばかりだったのだが、どう考えてもこちらの映画のほうが様になっている。James Bondのように不死身の存在ではない今回の役柄だから、彼の演技も迫力を感じた。

2009年2月3日火曜日

Music: Return To Forever Returns (2008)


Return To Forever ・ Returns

 RTFを読売ランドEASTで見たのは1983年。ギターが好きな自分自身としてはAl Di Meolaを含む4人のパフォーマンスが生で見れたことは極上の気分だったものだ。客席の通路でギターを弾きながら歩くAl Di Meolaを思い出す限り、ロック色が濃かった印象がある。その頃から早、四半世紀経過。昨年再結成された4人。もしかしたら日本で彼等の雄姿が再び見れるのだろうか。などと想像しつつ聞けるのが今回のライブアルバム。

 「Romantic Warrior」のアルバムを基調としたライブ構成は、以前のような荒業を披露するという感じではなく、「健在ぶり」をアピールするかのようなパフォーマンスと言える。加えて思うのは、25年という年月は彼等のような音を受け入れる雰囲気からかけ離れた環境になってきたということだ。家庭にあった大きなスピーカーのオーディオセットはコンパクト化し、レコードからCDとなり、お祭り事だったジャズライブのイベントもかなり縮小された。更に言えば、ディテールを追求していた時代から、アウトラインで聴く時代になってしまった。

 だからこそ余計に彼等の音が欲されているのかもしれない。Stanley Clarkeが「Together Again」の冒頭を仄めかしたりすると、思わず「ニヤリ」としてしまう。最も聴き所といえるのは「Al Di Meola Solo」でのAlとChickの絡み。そして「Spain」への流れ。その後「No Mystery」でStanleyとLennyが加わればRTF独特の世界を生み出してくれる。ここ最近足りなかったものを満たしてくれるようなアルバムとなった。


2009年2月1日日曜日

Movie: Che Part Two (2008)


Lies were full around a man who hates lie.



  南半球の国にはまだ未知の部分が多い。躍動するリズムがある反面、現在もなおこの映画に出てくるような衣食住も儘なら無い現実がある。しかし我々はそれを隣人のような目で見ることができない。民主主義、自由主義、個人主義に向けすぎた目は、当事者本人が危機的な状況に陥らない限り、苦悩と戦う集団に合流して真剣に問題に向き合う目に成りえない。そこには「自分は違う」と言いたげな、どこか優越感があるからかもしれない。

 「Che Part One」の続編は前作ほど華やかな部分が皆無である。この映画ではキューバ革命の英雄の人間性がさらに潜在的にクローズアップされる。彼の本質は一国に属すべきものでなく、共産主義への固執でもなかった。彼の脳裏にあったのは同じ大陸に住みながらも国という体制の中で虐げられた人々の姿なのだ。これはPart One & Part Two通して核心の部分にもなっている。この映画の視点はそこにウエイトを持たせるべきだ。

 映画を観てみると、革命の英雄の物語にしてはドロドロした状況で塗りたくられており、ときどき現れる日数経過が彼等の混乱を増幅させる。そんな中、兵士目線のカメラも雰囲気を演出。苦境の立たされた状況のゲリラ。カメラを空に向け、風によって森の木が揺れる場面を映す。ここがまたキューバ革命のようにはいかないボリビアの苦難を感じさせるのだ。この映画ではSteven Soderberghの思惑を感じさせる「戦わせたカメラアングル」を見所のひとつにしたい。