2011年4月4日月曜日

BD/DVD:Rin: Daughter of Mnemosyne (2008)


 1エピソード45分で全6エピソード。それに声優インタビュー特典映像もあり、かなりお買い得なブルーレイ。作品的には多少のアダルト的でグロ的な部分はあるが、クォリティが高い分、マイナス要因は脳裏からフェードアウト。

 どうしても最初の一枚ということで作品の質よりもBDの性能確認のほうに頭が持っていかれた。作品に集中するにはもう一度見直す必要がある。リアルな世界観を持ってながら不死身の主人公達にどれだけ溶け込めるか?どこまでこの展開を許せるか?に評価点が行きそうな感じ。映像の質と並行する微妙な不安定感に対して能登さんの声はそのスタビライザーの役割を果たす。さらに彼女を補佐する釘宮さんの声も定番的ではないのが嬉しい。

 これは持っていて損にはならない。

 初のBD購入となったが特典映像を含め2枚組5時間に及ぶ内容には圧倒される。こいう感じでお気に入りアニメの「monster」があれば買い込むかもしれない。


ジャケ裏で評価のよかったサイト(mania.com)

Rinの評価(anime news network)

参考:monsterの評価(anime news network)

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2011年3月2日水曜日

Movie: The King's Speech (2010)



 なんと時間が短く感じる映画だったことか。

 この映画は、あらゆる意味で身体や心にコンプレックスを抱える人達にヒントをくれる映画だと思った。この映画の強さは役者一人ひとりの微妙な感覚を表現した演技にあると思う。王の二人の娘でさえ正にも負にも出しゃばらない演技になっていることから監督Tom Hooperの姿勢が伺えた。

 こういった事例は「すべてのことはすべての人間が同様にできる」と都合主義に巻き込まれたことによる犠牲の形の現れだと思うのだが、日本ではこういった部分を差別ネタにして、癒すどころか不安要素を増やす方向に進んでいくのは誰も阻止しようとしなかった。しかしこの映画は日本のこのような負の因子を感じられなかった。そんな部分に昔から引き摺る日本という国の心の感覚の貧しさを感んじたものだ。

 それから、なんといっても音楽の価値を強く感じた映画でもあった。ベートーヴェンの交響曲第七番は特に...。

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2011年3月1日火曜日

Movie: Gekijôban makurosu F: Sayonara no tsubasa (2010)



 前作イツワリノウタヒメに続く劇場版。少なくとも前作ではテレビ版との多少の違いはあっても、ひとつ同じ目線で見ていた筈だった。しかし今回はテレビ版のあれこれを持ち込む意味は無い形になっている...が、その一方ではテレビから得た情報に頼らざるを得ない自分もいるわけだから厄介なことだ。それでもアルトとシェリルの間の線が強まって見えたことで、このドラマの底辺を見た思いがした。

 それにしても、今回は前回以上にミュージカルのような展開になっている。そういう楽しみ方もまたアリだろう。

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2011年2月20日日曜日

Movie: Soul Kitchen (2009)

 この映画は自分なりのノリで鑑賞すると、楽しいアトラクションのような感覚が生まれる。その一方で、現実的な世界に拘りすぎれば僻みっぽさのある後味にもなる。 おそらくは、「ソウルキッチン」と命名された仲間が集う場所を主体にして変化する状況、エピソードが、何らかの形で線を作り出しているところが着目点。近年、主観的にでも偏った生活を強いられている人には世の中というのはバランスで成り立っているといった啓示にもなるはずだ。

 舞台はドイツのハンブルグなのだが、最早言葉意外ではドイツだと感じられなくなったグローバルな感覚は細やかながら驚く。さらにはZinosが上海行きを計画するも、それが思いも寄らない結果となり、購入していたガイドブックに火をつけるとこりは今の世界の情勢の表と裏にも繋がるものがある。

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2011年1月19日水曜日

Movie: The Social Network (2010)


 とにかく面白い。話も明解にインプットされる。テンポがよくて序盤の音楽のリズムがそれを助成している。それもこれも全てはDavid Fincherの演出の賜だと感じる。
 この映画の冒頭では、頭に来る主人公の電波的会話があるが、「このクダラナイ主人公の映画をみなければならないのか?」と思うことしばしば。だがそれもFincherの仕掛けに他ならなかったわけだ。

 自分もFACEBOOKには登録しているが、かなり囮的な公開である。大学間ならまだしも、どこの馬の骨ともわからない者に自分の素性を公開すること自体がバカバカしい。つまり人間らしさからかけ離れている部分を沢山繋げても何も成らないということだ。この映画ではSNSの成功者の例として話がされるが、一体何の成功なのか?....実際、信用できないもので塗り固めた世界になっていることは曲げられない事実。だが、こういった部分もFincherは描いているので意外と納得して見れる。最後にやっぱりErica。つまり基準はすべてEricaだったのである。

 「Wendy Wu」のBrenda Songが出ているのが嬉しかった。

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2011年1月4日火曜日

Movie: TRON: Legacy 3D (2010)


 正直、素で鑑賞すると問題を抱えてしまう。

 少なくとも忘却のどこかに消えた1982年度の「TRON」を見ておく必要があったかもしれない。そもそも固執した人間でなければ30年程前の作品の詳細を覚えているはずがない。だから序盤はなんとかトップグループを追うマラソンランナーになれるのだが、時間が経つにつれ遅れをとる自分が歯がゆくなる。そうなると、鑑賞ポイントはCGで巧みに製作された3Dの迫力に絞られる。しかし、そこでも問題が。「3Dである必要性」に疑問が沸いてきたのだ。話題性としては十分な作品だと思うのだが、今後を踏まえ、時間のギャップのある連続ものや関連ものは予習が必須であると思う。とそんなことは「Harry Potter」の最新作で分かっていたことだった。失念。

 予告で流れた「Pirates of the Caribbean」の新作のほうがよっぽど3Dの意義がありそう。

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2011年1月2日日曜日

Movie: Nowhere Boy (2009)


 とんでもないくらいの地方に長く住んでいると自分の感覚が鈍くなる。一番近い劇場に行くにも足代に千円以上は掛かる上、上映しているものも学校給食のような型に嵌った味気ない映画ばかり。年末にようやく関東に戻ってくる。が、すでに見たい映画は主要劇場からは蚊帳の外になっている。この映画もそのひとつ。今日は、泣く泣く50キロ先の栃木県の劇場まで車を走らせた。間違っても絶対にDVDレンタルで満足する人間には格下げしたくない思いからだ。

 この話は何十年も前から色々な紙面でイメージを焼き付けていた。しかし、ここまで描いてしまうとJohnの本質を壊してしまう気にもなる。それは彼の不良っぷりのことではないし、彼の性格を決め付けたかのような描き方のことでもない。John自身の心の部分のことである。信じていいものなのか....実際複雑な気持ちになった。

 この作品、異色とも言えるほど「母」に重みがある。もし自分の立場に置き換えたらこの映画のJohnのようにある意味冷静な立場で居れたのかは疑問だ。それにしても波乱万丈な生い立ちを持つJohn。その雰囲気はこの映画で十分伝わるし、喜びの場面も悲しみの場面も音楽と共にする運命だったのかと思わせる作風にも共感できる。

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Units of time




Why do you divide time by a unit?

Why are you pleased by the beginning of the unit of time? And are you troubled with the last?

Does the unit of time bring you happiness?

Is it inconvenient for you if it was without time units?

Possibly will not the unit of time be a thing for weak human beings?

Does tomorrow give anything to you?

It is only now entirely.

You should feel only "now" even if you are before crossing the bridge or even if you are after crossing the bridge.

Me too....



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2010年12月20日月曜日

Movie: Robin Hood (2010)


 この監督の10年前のあの作品と比べる。無粋ではある。でも、作り手がそうイメージさせてきたのだから仕方がない。こっちは抒情性を追求した映画ではなく、ダイナミズムに傾向したようだ。「プライベートライアン」を彷彿とさせ上陸シーンにそれを言い替えることができる。自分は10年前の作品の持っている極性が今でも好きだ。Ridley Scottにしろ、Russell Croweにしろ、これまで極性でアピールしてきた筈だからだ。ただ今回、それが顕著には現れてきてはいない。射手Robinのヒロイズムを感じるより、人間同士の融合と反応のほうに頭が取られ、タイトルよりも違った味方になったのであった。

 この映画の後で、1976年の映画「Robin and Marian」も見たくなった。

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Movie: Noruwei no mori (2010)


 確かに海外スタッフにより日本映画がかつての欧州映画のような雰囲気をもたらしている。背景は60年代なのだが、現代から60年代を見るようなスクリプトではなく、60年代に観客を連れていく前提のスクリプトとして捉えることができた。それはTran Anh Hung監督の接写と多様なアングルがそうさせるのかもしれない。印象的だったのが波の音と、音楽で叫び声をかき消すタッチ...。新しいというより、無性に懐かしく思えてならなかった。

 原作はよく知らないが、映像はJohn Lennonの世界観に近づこうとしている感じがする。映画ではNaoko, Watanabe, Reikoが違う方向を見ている場面がでてくる。それそれは近い場所にいるのに、まるで目を合わせるのが辛いかのごとく。ここにひとつのヒントがあった。JohnのAnd when I awoke, I was alone...は以前よりも重たくなったのであった。

 信念があったはずなのに知らぬうちに世の中にはぐらかされる自分がいたりする。目標がひとりでに形を変えてしまう。なんとか元にもどろうとするのだが、元がわからないところまでになってしまっている。悩み出すとき、ふと思う。「ちょっと待て。悩むところを間違ってないか?」


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