2014年10月13日月曜日

Movie:Dawn of the Planet of the Apes (2014)


 大変分かり易く、物語の流れもいい感じに作られていたので、飽きずにしっかりと頭に焼き付けることが出来た。

  正直、リメイクされた猿の惑星シリーズは公開されたタイムライン上では散漫な感じがして、復習必須と言いたいところなのだが、今回は、前後関係を知らなくとも十分楽しめるだろう。特に人間と猿の特長と関係がハッキリしていることにより余計な詮索で頭を疲れさせることが無いのが大きいし、地理(場所)が限らていることで事前の脳内準備が働いてくれるのだ。

 おそらく多くの人は、F.J.Schaffner版と潜在的にも照らし合わせていると予想する。自分もそうだが、猿が支配する惑星における人間の扱いと衝撃のラストは常にこのシリーズのゲージになってきた。今回の鑑賞では「喋る猿」の存在感と今後への流れが重要テーマとしてクローズアップ。次作が期待される。


   前作ではチンパンジー、オラウータン、ゴリラの職能が明示され、今回それが確立していたことに着々とした進化を感じさせてくれた。

2014年9月22日月曜日

Movie: Non-Stop (2014)


  ひさしぶりのグイグイ引き込まれる航空サスペンス。今から40年くらい前だったら「パニック映画」のブームにも加担できる作品であったろう。鑑賞中にもそう思っていたのだが、やはりこの映画は「Airport」「Airport'75」あたりからCAの役名を引用していたりするみたいで、色々と面白い要素が隠してありそうだ。

  映画の面白さを引き立てているのはカメラアングル。幾度か機内通路を往来するときの乗客の目線、雰囲気などをうまく捉えていることで実によい緊張感を作り上げていた。それから、最も面白かったのは、人物の立ち位置である。例えば運行スタッフとBill Marksとの関係や乗客との接点、或いはスマホのような小物品も重要であると感じた。
  やはり自分は「Airport'75」をイメージさせられる。ほとんど類似した展開において、あの映画はスタッフがヒーローだったのだが、今回は誰がヒーローなのかが分からない違いがこの映画のポイントであり、時代の流れだと思った。

  なぜか、機内にネットワークユーザーが許可され、使用が増えると犯罪懸念も多く出て来そうな危機感を覚えた。あと、エンドロールにもあるが、機内での喫煙を模倣する人が出てこないことを望む。


2014年9月1日月曜日

Movie: Into the Storm (2014)


 1970年代の災害パニック映画を蘇らせたかのような作品といっていい。かつては文部省選定や消防庁推薦のような映画はいくつかあった。しかし現在において政府が先頭に立って災害パニック映画にも力をいれていいかもしれない。ただ、パニック映画の前提はエンターティンメントなので、楽しむために観る訳なのでプロパガンダや教訓もの作品を前面に出せば多くの観客が背を向けかねない。先日の広島市土砂崩れなどへの配慮も考えるならば誰にでも見せていいものでもない感じもするのだ。
 この映画は残念ながらもB級スタイルの物語なので、うまい具合に映像に溶け込めない。内容がそこそこ見応えあるので勿体ない気がした。いろいろな人物が映像(動画)を撮影してくアプローチがかなり今風で面白いし、ドキュメンタリー色を持たせたインタビューカットとか、竜巻の通り過ぎた跡形もない場面や自動車が容赦なく降り注ぐ状況は今や現実的なところは映画のメッセージとしてはかなり良いセンスと言える。
 だからこそ最後には「残念」な部分が多く残った。

2014年8月14日木曜日

Movie: The Other Woman (2014)


  一般の暮らしの場面としてはあり得ない設定なのだけど、修羅場をほのぼの風にした分、コメディとしては当然のあり方に収まった。
 だがその裏方にはシリアスな部分もある。本来は男をとられた別の女の電話番号なんか知りたくもない筈なのだが、そういう問題観点を排除した感じの、何か周囲に構築された壁のようなものに現代社会の考え方自体が変化しつつあるのかとも思える。実際、日本を取り巻く周辺アジアの関係は、まるでこの映画にも当て嵌る部分が無きにしも非ず。
 まぁいろいろと考えても、結局はコメディ展開とエンディング。Cameron Diazが思ったよりも目立たなくなった現状のほうが重要かもしれない。面白くて笑える映画ではあるが、気持ちまで入り込めない点がなんとも残念。


Movie: Shirayuki hime satsujin jiken (2014)


散漫な映画という印象。
 前半で現代のありそうな軽めな目線で広まる犯罪の展開とネット民の反応を効果として利用した演出。いつだかあった証言を組み合わせた手法などを含めると前半に厚みを持ってきている感があった。だが、後半の検証と裏ストーリーになると何となく狭いフィールドに押しやられてしまい、例にとれば「砂の器」の悪い部分が出たような雰囲気になる。

 ネット社会と犯罪を誇大解釈したようなところや、重大犯罪の動機の軽さ的な扱いは確かに今風と思えるが、そもそも人間ひとりひとりの存在が薄すぎるため最後はどうでもいい気持ちを持って終幕を迎えることになる。

2014年7月28日月曜日

Movie: Godzilla (2014)


 いろんな映画を想像できる映画だった。例えば「Close Encounters of the third kind」。冒頭の突然変異的な状況をフォローしつつも核心へ進んでいく感じ。例えば「Jurassic Park」。ヘリの場面や怪物へのアプローチの部分など場面の進め方。その他にもいろんな映画が思い出せるが、それだけモンスターの登場シーンまでの重要性や緊迫感を求めていると推察できる。
 しかし実際は、思った以上のリアル感やテンポの良い流れにはなっていなかった。ある程度、水爆実験や津波、ビル崩壊などの過去の現実にあった悲劇の啓示として、進め方に拘った点はわかるのだが、それがマイナスに出ているようでエンターティンメントの軸からずれている感じがする上、やや退屈感に強いられる。
 このままでは、肩透かし映画になってしまうところだったが、橋の場面あたりから、気持ちが小学生のような感覚に!。本当に楽しくなってくる。つまりこの映画は、ストーリー云々を語るよりも、ここぞという場面のために長い行列を待つがごとく過ごしているのがよいのではなかろうか。
 MUTOという日本人名のような怪物が登場するが、これがかつてのガメラの相手のような存在であり、考えようによっては地球を侵略するエイリアンのようでもある。それでは地球を守るのは誰?。。。。。
 やはり東宝のシリーズの押さえどころはしっかりと継承されているようだ。

 最後は? これ、ビルを壊し過ぎだろう。


2014年7月14日月曜日

Movie: her (2013)


 どことなく見たことのある景色。これは上海の景色のようだ...思っていたら、やぱりロケ地は上海だった。五角場のモニタなども映し出されていたので「もしや」とは思っていた。

 高層ビルの住まいは以前憧れたものである。かつては「Year of the Dragon」あたりでも思った憧れ。でも手紙代筆の仕事が金になるのかという疑問も起きなくはないが。

 知能のあるOSについては自分なりに可能性を期待している。しかし実現は膨大なデータとの戦いになろう。例えば、OSがある人物の地位や立場を推測して対応すべきセンテンスを選ぶという場面があったとすると、現実的には過去に誰かが語った言葉を大量にサンプルして置いてその中から妥当なものを選ぶという論理になりそうだ。いわば過去をトレースすることが常識となってしまい。新しさという面での対応は期待できそうにない。ただ、人間ももともと誰かの言葉を真似て成長したことを正論とすれば、きっと過去の大量の産物の中から選択、組み合わせの繰り返しによる事例を「新しさ」という言い方で解決できそうだ。

 それにしても「Space Odyssey」の世界が映画とはいえ緻密になっていく様は恐ろしささえ感じる。日本の漫画でもこのジャンルの世界観は多種多様に描かれているが、人工知能が人間の意思と反する動きをすることについて考えてみるならば、ひとつは人間の考え方について正論を語れなくなっていること。ひとつは人間の思ったスケールではなくなっている疑問があること。ひとつは性格をどうとらえるか?ということあたりである。スケールについて例をあげるならば、セミは地上での命は一週間程度と短いというのが常識であろう。しかしセミにしてみればこの一週間が10年くらいの感覚なのかもしれないとは考えられないのだろうか?

 デバイスを持ち歩きつつ、独り言のようにしゃべりながら歩く者たち。なにかが違う。そんなラブストーリー。

2014年7月7日月曜日

Movie: Edge of Tomorrow (2014)


 どこかのレビューで「Leonardo DiCaprioの作品を観る場合、過去にいく準備が必要だが、Tom Cruiseの場合は未来へいく準備が必要だ。」と書いた記憶が有る。今回もTomは未来だ。しかも日本のライトノベルが原作だとあって日本志向が高い作品になっている。人間が機械を着るところはまさに日本的である。単純には比較できないが、特殊能力となる仕掛けがブラックボックスなヒーローよりも、技術理論が通ったものを共有しつつ広げている世界観が日本に精通しているからかもしれない。むしろ理論が通らねば、魔法カテゴリーへ持っていくのも別の意味で日本なのだが…。
 この映画はよりプロットを持っているのにもかかわらず、自分好みではなかったのが残念。ループものは期待するスリリング感を得られないと思っているからだ。ゲーム感覚に溶け込めば、何度失敗してもリセットすれば最初からできる感覚として捉えることもできるが、ドラマの中では「やりなおせる」という感覚が何らかのルーズな印象を受けてしまう。敵はエイリアンに習い「いきなりスピーディーに動く」「ギーガーぽさがある」等の怖い物体で、これらと戦う場面が「Saving Private Ryan」のようなイメージを作り上げているところは面白いとは思った。
 冒頭の報道シーン以降はやっぱりノルマンディーと被るものがありそう。

2014年6月16日月曜日

Movie: Noah (2014)


  今も尚、旧約聖書の有名な物語を真剣に史実というアプローチで探究する諸氏がいることに驚かされるが、人間への啓示となる痕跡が時代時代の何処かに残されていることの根拠が、歴史そのものの定義と意義への回顧を理の中で変換されながら今の人間が存在するならば、案外に嘘とは言い切れないのかもしれない。

  この映画は、聖書モチーフの映画の中では現代の空想色が強いためか、共感できない類の感情が阻害要因になっているのだが、人間の黒さについては「Black Swan」「The Fountaim」の監督作品だけあって裏表的な演出は評価できる。神の下にいる人間。そこには善悪という概念は無くなる印象を持たせているものの、神が人間を悪と見る観点に立とうとするならば、何処かで矛盾にぶち当たるのであるが、この悩みは、やっぱり空想世界という言葉で流すことが一番妥当なのだろう。


BD/DVD: Le salaire de la peur(1953) & Sorcerer(1977)


「恐怖の報酬」の 1953年版と1977年版の2本を観た。

(やや、ネタバレあり。including spoiler.)

  最初はHenri-Georges Clouzot監督でYves Montand主演作品。
   この映画の持ち味は、設定である。仕事が容易ではない雰囲気から啀み合う刺々しい雰囲気の酒場を軸としながら人物の様相が明かされていく流れにおいて、その背景の質感がしっかりしているため、グイグイ物語に引き込まれる。部分的にアクション場面に違和感はあっても、展開が面白いので問題は起らない。

 一方は、William Friedkin監督で Roy Scheider主演作品。「French Connection」や「The Exorcist」で話題をさらったFriedkin監督作だけに当時としては期待が高かったと思う。しかし改めて1953年版と並べて観たところ、こちらの映画の特徴は人物が集結する以前の設定にあることのみで、トラックを準備するあたりからなんだか設定が端折られており、1953年版のような緊迫する場面がほとんど見られない。崖の場面にしてもアッサリし過ぎている感じが否めないし、山賊の場面もどことなく定石的である。
 エンディングなどにやや違いはあれども、基本的に1977年版は1953年版をトレースしている内容なのでやや安心できるものの、どうしても比較して観てしまうところで1977年版にややがっかりが生じてしまう。
 1977年版の音楽はタンジェリン・ドリームである。これは売りだった点。エンドロールは「The Exorcist」風でもあり、ここは好きだった。